皆さんは、フランス語を学ぶことを選びました。どのような理由で選んだのでしょうか。
フランスという国への興味でしょうか。映画、料理、美しい街並み、芸術、文学、音楽。いつかフランスへ行ってみたい、フランス語で誰かと話してみたい、と思ったからかもしれません。あるいは、新しい言語に触れてみたいという気持ちや、授業を選ぶ際のきっかけがあったのかもしれません。
理由は、一人ひとり違っていて構いません。今はまだ、はっきりした理由がなくても大丈夫です。学んでいく中で、新しい興味や目標が見つかることもあります。
一方で、これからの学びに、少し不安を感じている人もいるでしょう。
もし、そのように感じているなら、それは決して特別なことではありません。新しいことを始めるときには、期待と不安が入り交じるものです。最初から、すべてできる必要はありません。一つずつ、できることを増やしていきましょう。
では、本当に問題はフランス語なのでしょうか。それとも、学び方そのものにあるのでしょうか。私は長年、この問いについて考え続けてきました。
この問いは、少しずつ一つの研究となり、やがて一つの実修法へと育っていきました。それが、SANBI です。
しかし、三美は単なるフランス語学習法ではありません。三美は、「どのように学ぶか」だけではなく、「どのように理解し、どのように考え、どのように成長するか」そのものを見つめ直すためのアプローチです。
もし、この考え方が本当に役に立つのであれば、フランス語だけではなく、他の言語にも、仕事にも、教育にも、日常生活にも応用できるはずです。私は、その可能性を少しずつ形にしてきました。これから、その世界を一緒に見ていきましょう。
フランス語を学ぶ理由は、「話せるようになること」だけではありません。フランス語を学ぶ目的は、人それぞれです。旅行をもっと楽しみたい。フランスの映画を字幕なしで観てみたい。好きな歌の歌詞を理解したい。本を原文で読んでみたい。新しい友人と話してみたい。あるいは、人生の新しい世界を広げてみたい。どの理由も、とても素晴らしいと思います。
しかし、私はもう一つ、とても大切な理由があると考えています。外国語を学ぶことは、「新しい言葉」を学ぶことではありません。
言葉が変わると、物事の見え方も少しずつ変わっていきます。今まで気づかなかったことに気づくようになります。一つの出来事にも、さまざまな見方があることを知ります。つまり、外国語を学ぶことは、世界を少しずつ広げていく旅でもあるのです。
だから私は、フランス語は単なる「教科」ではなく、人生を豊かにしてくれる一つの扉だと考えています。そして、その扉をもっと自然に、もっと楽しく開く方法はないだろうか。その問いが、私を次の一歩へ導きました。
ある日、私は一つのことに気付きました。フランス語が難しいと言う人はたくさんいます。しかし、本当に難しいのはフランス語なのでしょうか。私は、そうは思いません。
もちろん、どの言語にも難しい部分はあります。発音。文法。動詞。語彙。けれども、それ以上に難しいものがあります。それは、頭の中で智識がばらばらになってしまうことです。
単語は覚えた。文法も勉強した。動詞も知っている。それなのに、実際に話そうとすると言葉が出てこない。この経験をした人は、とても多いのではないでしょうか。
もし、一つひとつの智識が自然につながっていたらどうでしょう。新しく学んだことが、今まで学んできたことと自然につながったらどうでしょう。理解はもっと楽になり、覚えることも、思い出すことも、ずっと自然になるのではないでしょうか。
私は長年、その「つながり」を生み出す方法を探し続けてきました。そして少しずつ、ある共通した考え方が見えてきたのです。
私は、長い間フランス語を教えてきました。たくさんの学習者と出会い、一緒に悩み、一緒に喜び、一緒に成長してきました。その中で、あることに気付きました。
順調に上達する人と、途中で止まってしまう人には、能力以上に大きな違いがありました。その違いは、才能でもありません。年齢でもありません。記憶力でもありません。
新しいことを学んだとき、それを以前に学んだことと自然に結び付けられる人は、理解も、記憶も、実践も、驚くほど自然に進んでいきます。一方で、智識が一つひとつ孤立したままでは、どれだけ努力しても、全体が見えにくくなってしまいます。
私は、「もっと自然につながる方法はないだろうか。」と考え始めました。それが、三美の始まりでした。
私は、長年その答えを探し続けました。新しい教材も試しました。さまざまな教え方も研究しました。しかし、本当に必要だったのは、新しい教材ではありませんでした。新しい智識でもありませんでした。必要だったのは、一つの考え方でした。
もし、学んだことが自然につながるなら、理解はもっと自然になります。もし、理解が自然になれば、覚えることも自然になります。もし、覚えることが自然になれば、使うことも自然になります。
私は少しずつ、その共通した原理を見つけ始めました。そして、ある日、一つのことに気付きました。それは、フランス語だけに当てはまる原理ではありませんでした。学ぶこと。教えること。整理すること。伝えること。そして、人が成長していくこと。そのすべてに共通する考え方だったのです。
その考え方に、私は一つの名前を付けました。
ここまで読んでくださった皆さんは、おそらく今、このように思っているのではないでしょうか。「では、SANBI とは、いったい何なのだろう。」と。
SANBI は、新しい勉強法を作ることを目的として生まれたものではありません。もっと自然に理解するにはどうすればよいのか。もっと自然に人と人がつながるにはどうすればよいのか。もっと自然に学び続けられるにはどうすればよいのか。私は、その問いを長年考え続けてきました。そして少しずつ、一つの共通した考え方が見えてきました。それは、
ということでした。智識と智識。経験と経験。人と人。考え方と考え方。異なるもの同士が、自然につながるとき、理解は深まり、行動は自然になり、新しい可能性が生まれます。私は、この考え方を三美と名付けました。
SANBI とは、智識を増やすことだけを目的とした方法ではありません。人・智識・経験・実践を結び付けながら、調和のある理解へと導くための一つのアプローチなのです。
そして、その会話を少しずつ自分のものにしていくことで、それはやがて自分自身の思考になっていきます。つまり、言語を学ぶとは、ばらばらの智識を積み重ねることではありません。一つひとつを自然につなぎながら、一つの調和した全体を育てていくことなのです。
そのつながりが自然になるほど、理解は深まり、記憶はより自然になり、コミュニケーションはより豊かになり、そして、新しいものの見方や考え方が育っていきます。
「SANBI」という名前には、私が長年大切にしてきた一つの願いが込められています。日本語では、三美と書きます。
「三」は、単なる数字ではありません。一つの物事を、一つの視点だけではなく、さまざまな視点から見ること。そして、それぞれを結び付けながら、より広い全体像を理解しようとする姿勢を表しています。
一方、「美」は、美しさという意味だけではありません。SANBI では、調和があり、動的で、常に適応し続けることのできる状態を表しています。つまり、周囲とのつながりを保ちながら、状況に応じて自然に変化し、それでも調和を失わない状態です。
私が目指しているのは、智識を増やすことだけではありません。人と人。智識と智識。経験と経験。学びと実践。それらを自然につなぎながら、その調和を育み続けることです。その願いを込めて、私はこの考え方を三美と名付けました。
ここまで読んでくださった皆さんは、もしかすると、こんな疑問を持たれたかもしれません。「三美には、何か共通した考え方があるのだろうか。」その答えは、はいです。
しかし、その前に、一つ考えてみてください。大きな木は、しっかりとした根があるからこそ、強い風にも耐えることができます。建物も、土台があるからこそ、長い年月にわたって支え続けることができます。学びも同じです。
もし、その場その場の智識だけを増やしていけば、全体は少しずつ不安定になります。しかし、変わらない原則があれば、新しい智識を学ぶたびに、それらを自然につなぎ、理解を深めていくことができます。
私は長年の探究を通して、どのような場面でも変わることのない三つの原則があることに気付きました。三美は、その三つの原則を土台として成り立っています。
私が長年探究を続ける中で、一つのことに気付きました。どれほど優れた考え方であっても、一つだけでは、必ず偏りが生まれます。智識だけを追い求めれば、人とのつながりを見失うことがあります。優しさだけを大切にすれば、正しい判断が難しくなることもあります。調和だけを求めれば、変化を恐れるようになることもあります。
つまり、一つだけでは、全体を支えることはできないのです。私は、互いに支え合い、互いに補い合う三つの原則が必要だと考えるようになりました。どれか一つが優れているのではありません。三つが調和するとき、初めて本来の力を発揮します。
その三つの原則を自然に実践していくための土台となるのが、「根本的原則」です。
│意識と環境を整える
│┌─────────────┴─────────────┐① ② 心を整える柱環境と行動を整える柱
深呼吸・感謝・喜び整理整頓│愛・眞・和
(三つの不変の原則)│三美式の実践へ
三美では、どのような学びや実践も、その土台となる状態が大切だと考えています。そのため、三美では根本的原則を大切にしています。根本的原則は、私たちの意識と環境を整え、その後に続く学びや実践を、より自然で調和のあるものへと導きます。その具体的な実践が、「柱の実践」です。
ここまで、三美の土台となる考え方と、その実践について見てきました。その土台を支えているのが、「愛・眞・和」という三つの不変の原則です。
これらは、技術でも、方法でも、時代によって変わる流行でもありません。学びにおいても、仕事においても、人との関わりにおいても、そして人生においても、変わることのない普遍的な土台です。その三つとは、
この三つは、それぞれ独立したものではありません。互いに支え合い、互いに補い合いながら、一つの調和した全体を形づくっています。三美では、この三つを大切に実践することで、人・智識・行動が自然に結び付き、本来の調和が生まれると考えています。
ここまで学んできたことは、智識として理解するためだけのものではありません。実際に体験し、ご自身でその価値を感じることで、初めて本当の学びとなります。三美では、このような状態を「実感」と呼んでいます。
三美では、学びとは智識を増やすことだけではないと考えています。同じことを学んでも、大きく成長する人もいれば、なかなか変化しない人もいます。その違いを生み出す大きな要素の一つが、「コツ」です。
しかし、三美でいうコツは、単なる秘訣やテクニックではありません。また、ルールそのものでもありません。コツとは、意識を目覚めさせ、自然に適切な反応を引き出すためのきっかけです。だからこそ、一つのコツは、発音にも、文法にも、記憶にも、設計にも、人との関係にも応用することができます。
三美が目指しているのは、多くのコツを暗記することではありません。コツを通して、考え方や行動が自然に変化し、実践できるようになることです。一刻一刻を意識しながら実修を重ねることで、その変化は少しずつ自分自身のものになっていきます。
コツの価値は、学術的な正確さだけで決まるものではありません。理解しやすくなり、記憶に残り、身につき、実際の行動へと結び付く力にこそ、本当の価値があります。コツは、基準となる智識そのものに置き換わるものではありません。むしろ、智識をより自然に理解し、身につけ、実践へと結び付けるための橋渡しなのです。
こうした考え方のもと、三美では長年の実践と探究を通して、さまざまな道具が少しずつ生まれてきました。その一つひとつは、それぞれ異なる役割を持ちながら、共通する考え方のもとで設計されています。そのすべての中心にあるのが、MON PORTFOLIO です。
自分自身の学びに合わせて、自由に育てていける実践ノート。それは三美というシステムの中心であり、すべてが集まり、生きた形になる場所です。ここでは、ただ智識を並べるのではありません。智識を整理し、結び付け、生きたものへと育てていきます。色分けされたパレットによって構成され、一つひとつの智識にふさわしい場所を与え、その間の結び付きを目に見える形にします。受け身で埋めていくノートではありません。学ぶ人自身が耕し、直し、少しずつ豊かにしていく、生きた空間です。自分の手で書き写すことは、単なる複写ではありません。それ自体が学びなのです。MON PORTFOLIO は、学びが自らの成長を映し出す鏡であり、すべてが根を張る大地なのです。
必要な情報を一目で俯瞰できるよう整理し、認知負荷を軽減する道具。細部の前に、まず全体を見せてくれます。
智識を整理し、それぞれの結び付きを、目に見える形にする道具。
テーマごとに実践を深める、回転型のワークショップ。
理解と記憶を、自然に定着させるためのアプリケーション。
学びを振り返り、次の実践へつなげるための道具。
学び全体を支える、デジタル環境。
これらは、それぞれ独立した道具ではありません。すべてが同じ理念に基づいて設計され、互いに結び付きながら、一つの生きた生態系(エコシステム)を形づくっています。そして、そのすべてを結び付け、全体を俯瞰し、統合する中心となるのが、三美マトリスです。
多くのワークショップや授業の最後に、三美では三つの時間を設けます。その説明に入る前に、まず全体像をご覧ください。
成長は「終わり」ではなく、新しい始まり。ここまで、三美の考え方をご紹介してきました。しかし、三美は単なる理論ではありません。三美は実修法です。つまり、理解することだけが目的ではありません。理解したことを、自分自身の中で整理し、次の行動へ結び付けていくことが大切です。そのため、三美では、多くの授業やワークショップの最後に、必ず三つの時間を設けています。
最初の時間は、マトメです。学んだ内容を、自分の言葉で整理し、本当に理解できたことを確認する時間です。ここで重要なのは、情報をそのまま繰り返すことではありません。「自分は何を理解したのか。」「何が本質だったのか。」それを整理することです。智識は、整理されて初めて、次の学びにつながります。
三美でいう「感想」は、一般的な感想よりも少し広い意味を持っています。学びを通して、自分の中に起こった変化を見つめる時間です。何が理解できたのか。何が役に立ったのか。何に気づいたのか。何が心に残ったのか。何が嬉しかったのか。何に感謝したいと思ったのか。必要であれば、改善したい点や、今後の優先順位について考えることも含まれます。つまり、感想とは、経験そのものを整理整頓する時間なのです。
理解し、経験を整理しただけでは、学びはまだ完成していません。最後に必要なのは、実践です。そのために設けられているのが、コレカラです。「これから何を実践するのか。」「今日の学びを、どのように日常へ生かしていくのか。」を整理します。小さな一歩でも構いません。大切なのは、理解が行動へと結び付くことです。
三美では、「結び付き」そのものに大きな意味があると考えています。纏は、智識を整理します。感想は、経験と意識を整理します。コレカラは、未来の行動を整理します。この三つを繰り返すことで、智識・経験・行動は少しずつ結び付き、やがて習慣となり、生き方へと育っていきます。
MON CHEVALET、LA PALETTE、MON PORTFOLIO、三美マトリス、そしてコツ。それぞれを別々に覚えることが目的ではありません。一つのコツは、さまざまな道具の中で生きています。一つの考え方が、別の場面でも役立ちます。そのようにして、一つひとつの智識は、少しずつ互いに結び付き、一つの大きな全体へと育っていきます。
学びが深まるにつれて、一つひとつの智識ではなく、全体が見えるようになります。三美では、この「俯瞰する力」をとても大切にしています。すると、今まで別々に見えていたものが、意味のある景色へと変わっていきます。俯瞰することで、新たな結び付きが生まれ、新たな智識が生まれ、そして、それが新たな実感へとつながっていきます。
ここまで、三美についてご紹介してきました。もし、この文章を読み終えた今、少しでも心に残るものがあったなら、私はとても嬉しく思います。
しかし、三美もまた、まだ完成したものではありません。三美は、一人で完成させるものではなく、多くの人とともに育てていく生きた生態系です。その成長を支えるのは、一人の力ではありません。多くの方々との結び付きです。
さまざまな人との出会い。新たな経験。異なる文化。異なる専門分野。そして、一人ひとりの気づき。それらが少しずつ結び付きながら、三美は成長していきます。
三美は、智識を増やすことだけを目的としているのではありません。人と人を結ぶこと。智識と智識を結ぶこと。経験と経験を結ぶこと。文化と文化を結ぶこと。そして、未来へとつながる新たな可能性をともに育てること。それが、三美が大切にしている結連(ユカリ)の文化です。
だからこそ、三美は、一人で完成させるものではありません。多くの方々との結連(ユカリ)の中で、ともに育んでいくものだと考えています。この文章との出会いが、新しい結連(ユカリ)の始まりとなれば、これほど嬉しいことはありません。そして最後に、三美らしく、三つの小さな問いで締めくくりたいと思います。
今日、あなたが最も大切だと感じたことは何でしたか。
どのような気づきがありましたか。何が印象に残りましたか。どのような可能性を感じましたか。
これから、あなたはどのような一歩を踏み出したいと思いますか。そして、三美とともに、どのような未来を育んでいきたいと思いますか。
最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。この結連(ユカリ)に感謝いたします。そして、これから皆さまとともに三美を少しずつ育んでいけることを、心から楽しみにしております。
ともに育み、ともに学び、ともに歩んでいきましょう。